観光庁の新マーケティング戦略をどう読むか
公開日: 2026年6月22日 | 更新日: 2026年6月22日
2026年4月、観光庁とJNTO(日本政府観光局)が新たな「訪日マーケティング戦略」を公表しました。第5次「観光立国推進基本計画」(2026年3月27日閣議決定)を踏まえたもので、戦略期間は2026年度から2030年度までの5年間にわたります。
ポイントを一言でいえば、インバウンドは「数を集める時代」から「誰を、どう深く取り込むか」の時代へと移りました。本記事では、この戦略文書から「今、観光の現場で何が起きているのか」「事業者・自治体は何から手をつけるべきか」を、インバウンド集客の実務目線で整理します。
この記事の要点
- 政府の軸足が「客数の回復」から「消費単価の向上・地方分散」へ移った。安く大量にさばく集客から、単価と滞在価値を高める集客への転換が政策的に後押しされる
- 市場別戦略は「どの国の・どの層を・何で・どのチャネルで狙うか」の設計図。自地域の看板コンテンツから逆引きすれば、狙うべきターゲットが特定できる
- 事業者が今すぐ着手すべきは、①検索語からの逆算 ②「受け皿→認知」の順番を守ったチャネル設計 ③横断テーマ(食・AT・ムスリム対応等)の準備、の3つ
なお、市場別戦略は現時点で「(案)」段階の文書です。最終的な表現や数値が変わる可能性がある点は念頭に置きつつ、政府が描く方向性を先取りする材料として活用したいところです。
目次
政策の軸足が「回復」から「質」へ動いた

第4次計画(2023〜2025年度)は、コロナ禍で落ち込んだインバウンドの回復が最大のテーマでした。その回復は数字の上で達成されています。2025年の訪日外国人旅行者数は約4,268万人、旅行消費額は約9兆4,559億円と、いずれも過去最高を更新しました。経済波及効果は約19兆円に及ぶとされています。
その上で、新戦略が掲げる2030年の政府目標は次のとおりです。
| 指標 | 2025年実績 | 2030年目標 | |
|---|---|---|---|
| 訪日外国人旅行者数 うちリピーター4,000万人 | 4,268万人 | → | 6,000万人 |
| 旅行消費額 消費額単価 まずは25万円 | 9.5兆円 | → | 15兆円 |
| 地方部 延べ宿泊者数 三大都市圏と1:1を目指す | 5,873万人泊 | → | 1.3億人泊 |
注目すべきは、客数の目標(4,268万人→6,000万人)が約1.4倍であるのに対し、消費額の目標(9.5兆円→15兆円)は約1.6倍と、消費額の伸びをより大きく見込んでいる点です。単価でみても、2025年の22.9万円から25万円への引き上げが求められます。
つまり政府の関心は「人を増やす」だけでなく「一人あたりの単価を上げる」「都市から地方へ散らす」ことに移っています。事業者にとっての含意はシンプルです。安く大量にさばくビジネスから、客単価と滞在価値を高めるビジネスへの転換が、政策的にも後押しされます。
ちなみに、消費額単価は2025年の年間上昇率が前年比0.9%にとどまっており、25万円という目標は決して楽ではありません。だからこそ高付加価値化と地方誘客が戦略の中心に据えられています。
読み解き①:「来る客層」を市場×ターゲットで特定する

市場別戦略案の最大の実務的価値は、主要市場を「訪日経験率・年代・同行者・所得層」で細かくセグメント分けし、それぞれが何に魅力を感じるか(パッション/コンテンツ)まで書き込んでいる点にあります。これは裏返せば、自分の地域・施設の強みから「どの国の、どの層を狙うべきか」を逆算できるということです。
たとえば温泉地の場合。資料を横断すると、温泉を強いパッションとして挙げているターゲットが浮かび上がります。韓国の50代以上の夫婦・家族層(温泉+歴史的な宿)、中国の20〜40代の子連れ家族層(温泉+浴衣・和室体験)、香港の各層、タイの所得中間〜上位層などです。同じ「温泉」でも訴求の文脈が市場ごとに異なり、資料はその「どの層に、どの文脈で売るか」を示しています。
食も同様です。「日本の食」は新戦略で市場横断テーマ(ガストロノミーツーリズム)に格上げされました。ローカルフードはほぼ全市場に共通する一方、富裕層には高級料理店、欧米には料理体験や酒蔵訪問、と深さの異なる打ち出しが整理されています。自施設・自地域の看板コンテンツ(温泉、食、自然、伝統文化、アニメ等)を起点に、それを強く求めている市場・層を逆引きし、優先順位をつけるのが第一歩です。
現場の視点:ターゲットの「検索語」から逆算する
ターゲットを決めたら、次は「その層がどんな言葉で検索するか」を起点に発想することが重要です。自社の商品・サービスと観光客を繋ぐキーワードは何かを徹底的に洗い出し、それをベースに戦略を構築する。これがインバウンド集客の出発点になります。
ここで注意したいのが、外国人観光客の検索行動が日本人とは大きく異なる点です。日本人は「浅草 ラーメン」のように地名+食べたいもので検索しますが、海外の旅行者は認知している地域の範囲が広く、浅草にいても渋谷にいても「東京 ラーメン」と検索することが多い。「ラーメン near me(近くのラーメン)」のような探し方も多く見られます。政府資料の市場別パッションを「自地域の魅力」の側から、外国人の検索語を「客の入口」の側から突き合わせると、打つべきキーワード戦略の解像度が上がります。
読み解き②:「チャネル」を市場ごとに設計する
資料は各ターゲットについて、情報収集源(どこで旅行情報を得るか)と予約方法(OTA・旅行会社・直接予約)、BtoB/BtoCの取組みを書き分けています。これはそのまま販促チャネルの設計図になります。傾向は大きくこう分かれます。
- アジアの若年層……動画配信サービスやインフルエンサーのSNS、口コミが中心。拡散を前提に、シェアされやすい体験設計が効く。
- 欧州のシニア・富裕層……旅行会社や旅行雑誌・ガイドブックの利用率が高い。オンライン一辺倒ではなく、対面・紙媒体・旅行会社経由の組み合わせが必要。
- 家族旅行層……市場を問わず「交通手段など実用的な情報」へのニーズが高い。二次交通・大人数対応の宿泊施設の情報発信が再訪意欲を左右する。
予約面では、アジアはOTA中心ですが旅行会社経由も一定数あり、欧米富裕層やクルーズ客は旅行会社・コンソーシアム経由が厚くなっています。「ターゲットがどこで情報を得て、どこで予約するか」を取り違えると、良いコンテンツも届きません。
現場の視点:「打つ手の順番」を間違えると、フォロワー30万人でも客はゼロ
このチャネル設計で最も重要なのが「順番」です。結論からいえば、SNSを起点にしてはいけません。
現在、SNS単体での集客は不可能だと言い切れます。SNSで面白そうな場所を見つけても、ユーザーはすぐに予約はせず、必ず口コミを確認したりホームページを見たりします。SNSはあくまで「認知のためのツール」であり、その魅力を証明する受け皿がなければ集客には結びつきません。
これは弊社自身の失敗に裏打ちされた教訓です。かつて浅草の日本文化体験事業でSNS運用に携わり、外国人フォロワーを30万人以上獲得しながら、来客数がまったく増えなかった経験があります。原因は、受け皿がない状態でSNSから始めてしまい、ユーザーが「着物レンタル」などの体験名で検索したとき、自社サイトもOTAも表示されなかったこと。インバウンド集客には、整えるべき「順番」があるのです。
| 順 | やること | 具体策と役割 |
|---|---|---|
| 1 | 受け皿を整える | Webサイト・MEO(マップ検索対策)・口コミ。 検索された先で魅力を証明する土台。 |
| 2 | 認知を獲る | SNS・広告。 受け皿が整って初めて、認知が来店につながる。 |
| 3 | 予約・来店 | OTA・直接予約。 受け皿と認知がそろって、はじめて成立する。 |
順番を逆にすると——SNSで認知を獲っても、検索した先に受け皿がなく、空振りに終わる。政府資料が示すのは「どの市場が、どのチャネルを使うか」という地図。現場が補うのは「そのチャネルを、どの順番で整えるか」という工程表です。
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読み解き③:横断テーマで「準備すべきこと」を洗い出す
新戦略は市場別戦略に加えて、市場横断のテーマを設定しています。これらは地域が中長期で仕込むべき準備項目のヒントになります。
- ガストロノミーツーリズム……日本の食をフックに地方誘客を図る。飲食業や第一次産業との連携、食のストーリーの掘り起こしが求められる。地域の食材・郷土料理の背景を「語れる」状態にしておくことが価値になる。
- アドベンチャートラベル(AT)……アクティビティを通じて地域の自然・文化を体験する旅行スタイル。名称にとらわれず多様なアクティビティを誘客のきっかけにする方針で、英国・フランス・北欧などでAT関心層がサブターゲットに設定されている。
- ムスリム対応……マレーシア・インドネシア向けで明確に言及。ハラル対応の食事、貸切風呂のある温泉施設など、受け入れ環境の整備が誘客の前提条件になる。コンテンツ以前のインフラ整備が必要。
- 高付加価値旅行……1回あたり総消費額100万円/人以上(国際航空券代を除く)の旅行。観光庁選定の「モデル観光地」との連携強化が掲げられ、上質な体験を造成できる地域には大きな機会がある。
加えて、2027年の国際園芸博覧会(横浜)関連の情報発信も予定されており、関連地域は連動の余地があります。
現場の視点:AI検索時代は「ニッチな条件」が中小・地方の追い風になる
こうした横断テーマ(ムスリム対応や地方の独自コンテンツ)は、AI検索の普及と相性がいいといえます。AI検索が主流になっても過度に焦る必要はありません。AIは回答の多くを検索上位サイトから引用して生成し、残りでパーソナライズを行うため、露出を増やして検索順位を上げるという既存のSEO対策と本質的には変わらないからです。
むしろチャンスは、AIに入力される質問の細かさにあります。ユーザーがAIに入れる質問は「浅草で、美味しくて、団体が入れて、ハラール対応のラーメン屋」のように非常にニッチで条件が細かい傾向があります。これは中小事業者にとってチャンスであり、ニッチな層に向けた情報発信をしておくと、AIの回答に引用されやすくなります。政府が掲げるムスリム対応や地方の独自性は、AI検索の文脈ではそのまま「拾われやすい条件」になるのです。
リピーター獲得が、消費単価のカギ

新戦略で繰り返し強調されるのが「リピーター」です。政府目標6,000万人のうち4,000万人をリピーターが占める想定です。その理由は単価にあります。多くの国・地域で、初回訪日よりも複数回訪日している旅行者の方が1人あたり支出が高く、地方訪問意向もリピーターほど高い傾向です。つまりリピーターの育成は、消費額拡大と地方誘客の両方に効く一石二鳥の施策ということになります。
東アジア・東南アジアの成熟市場(韓国・台湾・香港・シンガポール)ではリピーター中心の地方誘客が、欧米豪・その他市場では初訪日層の拡大が、それぞれ軸となります。「初めて来てもらう」のか「もう一度・別の季節に来てもらう」のか。自地域に来る客がどちらのフェーズにあるかで、打ち手は変わります。
現場の視点:「また来たい」をつくるのは、語学力より接客の仕組み化
リピーター作りの起点は、来訪時の体験そのものです。意外なことに、そこで英語力は決め手ではありません。外国人観光客をおもてなしし呼び込むのに、英語力は必須ではないのです。弊社が運営する忍者体験カフェの求人は英語力を不問としていますが、来店客の約8割が外国人。接客で使うフレーズは10個程度に絞られ、重要なのは英語力そのものよりも、決まったフレーズを自信を持って言い切ることです。
高評価の口コミも、この接客から生まれます。従業員には常に「まずお客様とお友達になる」ことを伝えており、友達になれば悪い口コミは書かれない、というのが接客の基本です。政府の「リピーター4,000万人」という数値目標は、現場では一軒一軒の「また来たい」の積み重ねとして立ち現れます。年間4,000万人を超えた訪日客のうち、再訪につながる体験をどれだけ設計できるかが、消費単価とリピーター比率の双方を左右します。
地方の「隠れた名所」にこそ、次のチャンスがある

新戦略のもうひとつの主眼が「地方誘客」です。特定の都市・地域への集中を是正し、まだ知られていないエリアへ送客することが、消費額拡大と並ぶ柱に据えられています。
この方向性は、現場の肌感覚とも一致します。日本旅行の「定番化」が、次の地方ブームを生むからです。日本への旅行が世界的にメジャーな選択肢として定番化するほど、次は「もっとニッチな場所に行きたい」「まだ知られていない日本を知りたい」というニーズが高まる。それに応えられるのが、まさに日本の地方です。
裏を返せば、いま外国人観光客があまり訪れていない地域こそ、これから伸びしろがあるということです。日本は地方に行けば独自の文化や食、名所が数多くあり、今は訪れられていない観光地でも集客できる可能性は十分にあります。政府戦略が掲げる地方分散は、補助金や受け入れ整備といった追い風だけでなく、市場ニーズの変化という需要側の追い風も伴っているのです。
まとめ:戦略は「読む」ものではなく「使う」もの
第5次計画と新マーケティング戦略は、地方の観光・自治体にとって追い風です。消費単価向上・地方分散という政策の方向性は、地域の独自コンテンツに光を当てる方向に働きます。現場が今すぐできることを3つに絞るなら——
- ① 自地域の看板コンテンツから、狙うべき市場・ターゲットを逆引きする(誰に売るかを決める)。その際、ターゲットが実際に使う「検索語」まで落とし込む。
- ② ターゲットの情報収集源・予約チャネルに合わせて発信を設計する(どう届けるかを決める)。ただしSNSから始めず、Webサイト・MEO・口コミという「受け皿」を先に整える。
- ③ 横断テーマで自地域に必要な準備を洗い出す(何を仕込むかを決める)。食・AT・ムスリム対応・高付加価値化。ニッチな条件はAI検索時代の武器になる。
大切なのは「資産性のある施策」にリソースを投じることです。単発の広告ではなく、ブログ記事(SEO)、口コミの獲得(MEO)、SNS投稿の積み重ねといった、長期的に蓄積され、じわじわと集客を伸ばす資産に投資する。これは、5年計画という時間軸で動く政府戦略とも歩調が合います。
戦略文書は読んで終わりではなく、自地域のマーケティング計画に翻訳して初めて意味を持ちます。市場別戦略案のターゲット表は、その翻訳作業のための最良の参照地図です。そして現場の実装ノウハウは、その地図を「歩ける道」に変える工程表です。「案」段階のうちに読み込み、先回りで動いた地域が、次の5年で差をつけることになります。
まずは「自社の現在地」を把握することから
インバウンド集客は、闇雲に施策を打つより先に、「自社の商品・サービスを、どの国の・どの層に・どう届けるか」を整理することが出発点になります。
弊社では、インバウンドに特化したWebマーケティングの無料診断・ご相談を承っています。多言語サイト制作からSEO・MEO・SNS運用まで、自社店舗の運営で培った現場目線のノウハウをもとに、御社の商品・サービスに合わせた集客戦略をご提案します。「商品には自信があるが、海外のお客様を呼び込めていない」という事業者様こそ、ご相談ください。
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よくある質問(FAQ)
Q1. インバウンド対策は、どの国・地域から狙うべきですか?
自社の商品・サービスの強みによって異なります。観光庁の市場別戦略では、温泉やリピーター向けの地方誘客なら韓国・台湾・香港など東アジアの成熟市場、初訪日層の獲得や高単価を狙うなら欧米豪市場、というように市場ごとの特性が整理されています。まずは自施設の看板コンテンツ(温泉、食、自然、アニメ等)を、それを強く求めている市場・層から逆引きするのが効率的です。一律に「全方位」を狙うのではなく、勝てる市場を絞ることが重要です。
Q2. インバウンド集客はSNSから始めればよいですか?
SNSから始めるのは推奨しません。SNSはあくまで「認知のためのツール」であり、ユーザーは興味を持っても、すぐには予約せず必ず検索して口コミやサイトを確認します。その検索の受け皿(Webサイト・MEO・口コミ)が整っていないと、どれだけSNSで認知を獲得しても来店・予約に結びつきません。「受け皿の整備 → 認知の獲得 → 予約・来店」という順番を守ることが、インバウンド集客の鉄則です。
Q3. 外国人観光客の接客に、英語力は必須ですか?
必須ではありません。接客で使うフレーズは10個程度に絞り込めるため、重要なのは語学力そのものよりも、決まったフレーズを自信を持って言い切ること、そしてお客様に興味を持って「友達になる」姿勢です。実際、弊社が運営する忍者体験カフェは求人で英語力を不問としていますが、来店客の約8割が外国人です。仕組み化された接客と、リピーターを生む良質な体験設計のほうが、流暢な英語よりも集客に効きます。
※本記事に含まれる市場別戦略の内容は「(案)」段階の文書に基づきます。数値は2026年6月時点の公開情報によるものです。最新の確定情報は観光庁・JNTOの公表資料をあわせてご確認ください。
主な参照データ:観光庁・JNTO「訪日マーケティング戦略の概要等について」(2026年4月22日)/「市場別マーケティング戦略(案)」/第5次観光立国推進基本計画(2026年3月27日閣議決定)/観光庁「インバウンド消費動向調査」2025年暦年(速報)/JNTO訪日外客統計